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『脱原発とデモ―そして民主主義』

脱原発とデモ: そして、民主主義脱原発とデモ: そして、民主主義
(2012/10/10)
瀬戸内 寂聴、鎌田 慧 他

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 2011年の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発事故以降、脱原発に関してのデモや言論がにわかに目立ち始めました。脱原発・反原発の活動家を中心に20人以上の論者たちによる脱原発へ向けたメッセージ集です。
 脱原発・反原発といっても背景は多様であり(但し、本書の執筆陣から言って、リベラルな人たちから評価の高い人たちであることは比較的に共通した傾向ですが。)、毛利嘉孝や宮台真司のような社会学者、原子炉工学の小出裕章、そして若手の政治活動家なかでは知名度の高い松本哉、俳優の山本太郎、音楽ライターの二木信などが執筆しています。このため、脱原発についてどのような主張をどのような人がしているのか、一通り知りたいという向きには、ページ数も手ごろであり、ちょうどよい本かと思われます。

 さて、私自身は脱原発についての街頭活動を今のところ、静観しています。ただ、原子力の問題もそうなのですが、今は(原発に賛成するデモまで含めて)行動することで主張する市民が増えたことを評価する時期だと思っています。

 ただし、本書はあくまで脱原発を通した街頭活動の意義について評価する本と考えた方が間違いがありません。このため具体的な被曝対策、エネルギーの自給、もっと踏み込んで「脱原発後」の社会にまで積極的に踏み込んで主張している本ではありません。
 原発が怖いのはわかった。実際に事故を起こしたのもわかった。脱原発を目指したい人たちがいることもわかった。街頭活動で目立つことでそうした人たちがたくさんいることもわかった。

じゃあ、原発なくして、その後どうするの?

 これについてある程度の答えを具体的に用意できるのは、リサイクルショップを経営して「貧乏」をキーワードにした生活を実践する松本哉氏くらいでしょうか。
 既存の火発で電力は十分まかなえるというなら、そう主張する反原発派の主張を一旦は信頼しましょう。二酸化炭素を原因物質とした地球温暖化についても、諸説あることは否定するのに吝かではありませんから、これについてもここで主張するのはやめましょう。
 しかし、じゃあ私たちの世代だけで化石燃料を使い切って、本当にいいものなのでしょうか。環境と同様に、資源も次世代へ向けて受け継ぐべきではないでしょうかといわれたとき、どう応えますか?(私自身は、この問にうまく答えることはできません。)
 そして、私は二酸化炭素を原因物質とする地球温暖化について、ここでは主張することをやめました。脱原発派の人たちも、いたずらに寒冷化モデルを(都合よく)採用して原発不要論を唱えることは、慎んだほうが賢明であるように思うのです。
 皆様わかっていることと思いますが、推進派には「原子力によってエネルギーを安定供給し、市民の生活を守る」という大義名分があり、実際に電力は安定供給されてきました。しかし、脱原発派・反原発派のみなさんは、実際に原発なき生活を模索することになるのです。
 貧乏の松本氏と風力の飯田哲也氏はいいとして、原子力をやめる研究をしているという小出氏も、専門家として本業に精進してもらうということで、まあいいことにしよう。しかしそれ以外の論者はどのような生活を夢見ているのでしょうか。それこそ日曜大工でもやって、屋根に太陽電池パネルを取り付けるなり、風力発電機を自作して補助電力に組み込むくらいして、自分なりに「脱原発後の生活」を見せないと、納得しない人も少数ではないように思うのです。少なくとも「反原発派・脱原発派のやりたいことは、新エネルギーの創造ではなく政治活動だ。」といわれても仕方がないように思うのです。
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No title

>自分なりに「脱原発後の生活」を見せないと、納得しない人も少数ではないように思うのです。

同意です。この手の話で何で理工系論者に比べて俳優やアーティスト、社会学系の論者がパンチに欠けるかっていうと自ら技術に触れてないからですね。それこそちょっとした電子工作でも良いからやってる姿を見せれば「お、この人は違うなぁ」と思って貰えるのに不思議なもんです

Re: No title

> >自分なりに「脱原発後の生活」を見せないと、納得しない人も少数ではないように思うのです。
>
> 同意です。この手の話で何で理工系論者に比べて俳優やアーティスト、社会学系の論者がパンチに欠けるかっていうと自ら技術に触れてないからですね。それこそちょっとした電子工作でも良いからやってる姿を見せれば「お、この人は違うなぁ」と思って貰えるのに不思議なもんです

コメントありがとうございます。
私もそう思います。風力や太陽電池を補助電力に組み込むにしても、DCコンバーターと自動車用バッテリーがあればそれほどに難しい話ではないはずですし、手前味噌で恐縮ですが、実際に実践に着手した本も私はブログを通して紹介しています。

『自分で作る太陽光発電』
http://ooutitakasi.blog14.fc2.com/blog-entry-284.html

『だれでもできる小さな風車の作り方』
http://ooutitakasi.blog14.fc2.com/blog-entry-203.html

このレベルの本ならば、仮に工作に関してど素人(取り上げた本のレベルでいえば、ノコギリと半田ごてが使えない程度のレベル)では無理な話だとしても、アーチストと自任するような人たちであれば、決して不可能ではないものを取り上げています。そのほか、パワー社あたりからもいくつかいい実践本が刊行されているはずです。

なぜ、それをやらない?

 今は脱原発がトピックだとしても、脱原発後の生活は一歩先のトピックになるはず。最先端を自任するアーチストの皆さんがなぜ一歩先に乗らないのか、理解に苦しむところです。

「子供の科学」8月号別冊「今こそ知りたいニッポンの新エネルギー」
http://ooutitakasi.blog14.fc2.com/blog-entry-232.html

で、私は
「新エネルギーは必ず普及します!
いつ普及するのか?
全ての日本人が心の底から願う、その時です。」

とまとめました。原子力の恐怖をプロパガンダするよりも、たとえギャグ程度にしかならないにしても、クリーンエネルギーを活用した生活を創造したほうが、クリエイターとして楽しい作業なのではないか、と思うのは私だけなのでしょうか?(私は美術については素人ですし、クリエイターの心象までは言及できませんが…)

 それでも今までは、原子力の利用の賛否そのものより、行動する市民が増えたことを評価する時期だと考えていました。
 しかし、そろそろ「原子力なき社会」を社会実験にしろ、工学的な実証試験にしろ、あるいはパフォーマンスにしろ、何らかの形で自分たちで実践することが求められているように思いますし、また特にアーチストの皆さんは、多くの人たちに訴えかけるプロのはずです。
 しかも私が挙げた本のようなチャレンジは、例えば美術作品の制作と比して決して難しくないことは、お分かりいただけることと思います。

 以上のこと、確かに理系のコミュ力不足であることは否定しません。
しかし、だからこそ私たち理系がアーチストの皆さんに期待することは、新エネルギーの創造・活用をパフォーマンスとして実践してもらうことではないかと思うのです。
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